るーつ。

缶コーヒーの話じゃないよ。

abiruさんの Blog: Unsemantic weblog...: YAMAHA MSX

abiruさんの出発点はMSXらしい。

みんな、どこかで、こちらがわに間違っちゃった進んできたんだろうけど 俺? うーん、幸せだったような不幸せだったような


コンピュータに興味を持ったのは、小学生の時。 昼間、家でゴロゴロしてたら映画やってたんだ。


ウォー・ゲーム [MGMライオン・キャンペーン]

元祖ハッカー(※)映画。 ※牧歌的な時代の。クラッカー云々言いたい奴は帰れ。

高校生のハッカー兄ちゃんが新作ゲーム落とそうと思ってアクセスしたら、実はそれは米軍の戦略コンピュータ(WOPR)で 単にコンピュータ相手にゲームやってるつもりが、あわや核戦争の危機に というお話。

ジョシュアという名前のAIと、合成音声のセリフ "Shall we play a game?" に凄い衝撃を受けたのを覚えてる。

"A strange game. The only winning move is not to play." というセリフの意味を理解したのは、それからン年後にゲーム理論を知ったとき。

なんかよく知らんがキャンペーンで1000円なので買え キャンペーン切れても 1500円だし。
ウォー・ゲーム

war games好きな人には、このゲームがおすすめDEFCON あの世界観そのままですよ

とは言え、この映画見た事はずっと忘れてたんだよね。 大学に入ってから、Webでたまたま見つけて 「あ、これはあの時の!」 と思い出した。 映画は忘れたけど、コンピュータに対する強烈な憧れだけが脳みそに焼き付いたわけ。

当時の僕がコンピュータに触れるのは、年に一度近所の大学で行われる学園祭の時だけ そこには、小学生でも辛うじてあちこちで見聞きするようなパソコン(まだマイコンって言ってたかなぁ?)とは違う なんだかステキな機械があったのでした。


実家探せば出てくるだろうけど、小学校三年の時の文集(作ったよね)には 「将来は丘の上の短大(当時)に行ってコンピューターの勉強がしたい」 って書いてた、下手くそなPCのイラストつきで

8歳にして人生間違う

将来なりたい職業は科学者か先生。 どっちも叶った様な気もするし、どっちも叶ってない様な気もする。 だた、なんとなく気恥ずかしかったので、「1位は宇宙飛行士」とか書いてた # 当時のマジョリティ

コンピューターに(日常的に)触れる環境になったのは、中学生の頃なんだよね。 中学校にはパソコン室があったのでした。めでたし、めでたし。

とはならなかった!!


まず、パソコン室はあったけど使わないんだな、これが。 一応、科学部でパソコンもやってる事になってたけど、実験ばかり(楽しかったけど) 2年生になったときに、頑なにパソコン部設立を主張したのでした。 幸い、数学の先生がパソコン好きだったので、なんとか部設立。

# おう、ガキども。 初代部長は俺なのだ、敬え。

パソコン部が出来たから使い放題~ と思いきや 中学校に入ってたのは、FMR……の互換機のPanacomとかいう怪しい松下パソコン(286) 入っていたOSは、超漢字(※)

※当時は超漢字じゃなかったかもしれないけど、B-Tronには間違いない。

うわーい、なにもできなーい。 湯のみアイコンに何度切れそうになった事か…… # Windowsなら砂時計になる、「ちょっと待て」なマウスポインタ超漢字は湯のみ持った手になる

せめてPC-98あたりが入ってたら、DOSで動くソフト沢山あったり BASICが使えたりで、楽しいパソコンライフが送れてたんだろうけど BASICすらないんですよ、ぱなこむの野郎。

そんなある日、神降臨ですよ。 (出所の怪しげな) フロッピーディスク4枚。 「Quick C」です。 コンパイラ、ライブラリとへっぽこIDEのセット。

これはやるしかねぇなと思いましたよ。 C言語プログラミング言語だと言う事は知ってたので 本を買って、Hello worldからですよ。 当時読んでたのが林晴比古のC言語入門でした。

えぇ、あたしゃ、BASICより先にCやってます。

しかもなんと、Quick Cにはグラフィックスライブラリが付いていたんですよ、奥さん。 マニュアルは無かったけど、へっぽこIDEから関数リファレンスを参照して 書きましたよ、グラフィカルなハノイの塔プログラム。 ちゃんと矢印キーでリング(横から見た図でただの矩形だったけど)も動く。 コンパイルって何? から初めてグラフィックにイベント処理ですよ? 多分、期間にすると数ヶ月。

やぁ、今見れば大した事じゃないけど、当時の実力と難易度を相対的に考えれば 間違いなく人生で一番の大仕事、今後あんなに難しい仕事に会う事は無いね、多分。

ハングリー精神ってすごいね、わらい。 というか当時は物が分かってなかったので「やれば出来る」と思ってたからな まぁ、結果オーライ。 おかげで「なきゃ作る」「分かんなかったら調べる」という基本姿勢が身に付いた。

poor な環境は人を育てる

逆に考えりゃ、最近の若いもん(俺も十分若いが)がパッとしないのは仕方ないのかもしれんね。 何も知らなくても何でも出来るんだもん。

多分、中学生の頃の俺が一番賢い。 その後知識は増えてるけど、賢さは衰えてるな。

あぁ、後当時の先生のPC(PC-98)でプリンセスメーカー2を良くやった。 さめがめがブームだったり。 何の話かって? バイナリエディタの使い方覚えたって話だよ(データ改ざん) スコア: -32768点とかになったのはいい思い出(´ー`)そっかー signedかー

その後新聞配達で金を貯めてFM-Towns(残念ながら白いモデル、墓石カラーの時代は終わってた)を買って、色々と出来るようになったわけです。 すごいよ、ぼくらのマルチメディアパソコン 当時にしてCD-ROMドライブ標準装備の、32k色表示ですよ。 Towns-OSはWindows 3.1よりも使いやすくて出来が良かったと思う。

EINっていうフリーウェアのランチャーがあってな? "Ein Is Not Towns Menu" っていうどっかで見た事あるような名前

友達の家にはPC-98がやってきたので、ひたすらベーマガのコード打ち込んでゲーム動かしたり、改造したり。 当時はDATA文を読むと脳内でグラフィックに変換されてたね。 # BASICやってた人なら分かるはず


高校に入ってからは、実はあんまりPC触ってない。 パソコン部に出入りしてたので、近くの大学との無線接続実験とかやったけど

その後、大学に入っちゃって今に至ると。

しかし、なんだね、ガキの頃の俺すげぇ。 ビジョナリーですよ、ビジョナリー。見なくて良いもん見ちゃった。

なんで「知らない親戚から遺産が入って毎日遊んで暮らす」とかいうビジョンを見なかったんだろう。